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福岡高等裁判所 昭和50年(行コ)4号 判決

控訴人

若松税務署長

脇山一郎

右訴訟代理人

国武格

右指定代理人

大神哲成

外五名

被控訴人

清水剛

右訴訟代理人

元村和安

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、次に附加するほかは原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

1  被控訴人が本件解撤船の権利売買及び権利売買の斡旋による所得を申告しなかつた行為等は国税通則法第七〇条二項四号の「偽りその他不正の行為」に該当するものであり、その更正決定の除斥期間は五年である。すなわち、

(一)  被控訴人は、本件解撤船の権利売買及び斡旋行為を業として行つていたものであり、その取扱い金額及び所得金額も高額であつたにもかかわらず、これを申告しなかつたことは過少申告に該当し、明らかに偽りの申告により不正に当該所得に対する税額を免れんとしたものというべきである。

(二)  被控訴人の過少申告の態様は、申告書上において、右事業所得の存在をうかがわせる片鱗すら示さず、右所得の全額を除外しているものであつて、法的衡量において事業所得の無申告というに等しいものであり、無申告の場合は同法第七〇条三項により、その更正決定の除斥期間は五年であること、また、被控訴人は、昭和三九年分所得税につき、船舶修理の斡旋手数料の所得を雑所得として、昭和四〇年四月一七日に修正申告をしているのに、右雑所得とその発生形態において類似する本件事業所得については、これを秘匿していること、

(三)  被控訴人は、契約書、領収書等本件所得計算の参考となる資料を所得していたと認められるのに、税務署員の税務調査に際し、その要請にもかかわらず、これを全く提出しなかつたこと、

(四)  被控訴人は、本件事業所得の有無を問うまでもなく、支払先二か所以上から給与の支給を受けていたのであるから、当然に確定申告の義務があつたものであり、税務署からも毎年確定申告書用紙及び申告の手引等の送付を受けており、確定申告においてはあらゆる所得につきこれを網らして申告すべき仕組になつていることを十分知つていたのに、本件事業所得を申告しなかつたこと、

以上のことから考えるとき、被控訴人は税の賦課徴収を困難ならしめるため、ことさらに所得金額から本件事業所得を除外して、過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出したものというべきであつて、被控訴人の右行為は、国税通則法第七〇条二項四号にいう「偽りその他不正の行為」に該当することは明らかである。

2  更に、被控訴人は本件事業所得の存在及び計算の基礎となるべき取引関係の書類を隠ぺいしていたものであるから、本件重加算税の賦課処分もまた当然適法である。

二、証拠関係〈略〉

理由

一請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二そこで、本件更正処分並びに重加算税賦課決定処分の適否について判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、昭和三九年、同四〇年において訴外白洋汽船株式会社、同東光汽船株式会社、同日光汽船株式会社に会社役員等として勤務していたものであるが、

(一)  昭和三九年度において右東光汽船から八四万円、右白洋汽船からの四八万円、日光汽船から一二万円の各給与の支給を受け、給与所得控除額を控除して合計一三〇万五、〇〇〇円の給与所得があり、さらに船舶修繕斡旋手数料の雑所得八万三、一四〇円の所得があり、昭和四〇年度において、白洋汽船から六〇万円、東光汽船から四七万円、日光汽船から六万円の各給与の支給を受け、給与所得控除額を控除して合計九八万二五〇〇円の給与所得があつたこと

(二)  さらに被控訴人は、右昭和三九年、同四〇年度において右給与所得及び雑所得以外にも、控訴人の抗弁(1)の表(一)及び(二)記載のような解撤船(スクラツプに供するための既存の内航船をいう)の権利売買並びに同権利売買の斡旋をし、それにより後記認定のように昭和三九年度において七五万二、二九八円、同四〇年度において三八三万七〇七四円の各所得(以下本件所得という)を得ていたこと、

(三)  しかるに、被控訴人は、昭和三九年度分の所得税につき、控訴人に対し前記東光汽船及び白洋汽船からの給与所得についてのみ所得税の確定申告をし、その後昭和四〇年四月一七日に、前記日光汽船からの給与所得及び雑所得を加えて修正申告をし、同四〇年分につき前記(一)認定の給与所得についてのみの所得税の確定申告をしただけで、前記(二)認定の解撤船の権利売買並びに同権利売買の斡旋に基く本件所得についてはいずれもこれを申告しなかつたこと(この点については当事者間に争いがない)、

(四)  そこで、控訴人において調査に基づき、昭和四四年一二月二五日、被控訴人の前記(二)認定の本件所得を認定し、被控訴人主張の如く被控訴人の昭和三九年分及び同四〇年分の所得税の更正決定並びに重加算税賦課決定処分をしたものであること(この点については当事者間に争いがない)、が各認められる。

2  本件所得は事業所得か

ところで、本件更正処分において控訴人が被控訴人の前記解撤船の権利売買等から生じた本件所得を事業所得としたことは当事者間に争いがないところ、被控訴人は、この点をとらえて本件更正処分が違法である旨主張する。

当裁判所も、被控訴人の解撤船の権利売買及び同権利売買の斡旋による本件所得を、事業所得(営業所得)と認めるのを相当とし、控訴人が本件所得を事業所得としてなした本件更正処分に違法はないと判断するものであるが、その理由は、原判決七枚目表八行目から同裏八行目までの理由説示と同一であるからこれを引用する。但し、認定資料として乙第一八、第一九号証を加え、七枚目表一一行目上から五字目の次に、東光汽船株式会社を加える。

3  本件所得額算定について、

被控訴人は、本件所得が事業所得であるとしても、控訴人がその所得額算定に際して、必要経費を控除してないのは違法であり、又その所得額算定についての推計方法は不合理である旨主張するので、この点につき判断する。

〈証拠〉を総合すると、次のような事実が認められる。すなわち、

(一)  政府は、内航海運企業の近代化、合理化を図るため、昭和三八、九年頃から、企業の保有船舶量に一定の限界を設け、一定基準以上の船舶を保有する者が新たに船舶を建造しようとする場合には、手持ちの既存の内航船を解撤しなければならないこととし、また一定の基準以上の船舶を保有していない者に対しては、営業許可を与えないこととするとともに、さらに老朽船不経済船を解撤して近代的経済船を建造する者に対しては、船舶公団から低利の融資を行うという立法ないし政策を展開した。このため一定の基準に満たないこととなる業者は、船腹の増加を図ろうとし、また、新船を建造しようとする者が、それに必要な解撤船を確保しようとして、解撤船を買いあさるなどしたため、解撤船の取引が活発化し、その価額も急激に上昇するようになつた。そこで、国税庁は全国的規模でその取引の実態を調査し、併せてその取引に関する資料を収集していたところ、解撤船の権利の譲渡者及びその売買の仲介者が、右取引に基く所得を仮装隠ぺいしている疑いがもたれるに至つたので、昭和四二年から同四三年初めにかけて、収集した資料を所轄税務署に送付し、該当者の所得に関する調査の端緒を与えることにした。

(二)  若松税務署は、右の事情によつて国税庁から送付されて来た資料に基づき、被控訴人が代表取締役をしていた玉神汽船株式会社(昭和四〇年八月設立、以下玉神汽船という)の法人税申告の中に、解撤船の権利売買による所得について一部脱税があるのではないかとの疑いを抱き、昭和四三年一一月頃、同税務署員であつた浦里好弘にその調査をさせたところ、同人は右調査を進めて行くうちに、右玉神汽船が設立される昭和四〇年八月以前に、被控訴人が個人として、前記の如く解撤船の権利の売買及び同権利売買の斡旋をしていることを発見した。そこで若松税務署は同人をして、玉神汽船の法人税の脱税の調査とは別に、被控訴人個人に対する所得税脱税の調査をさせることにしたこと、そこで右浦里好弘は、右調査のため、その頃、被控訴人に面接するなどして、被控訴人が個人として行つた昭和三九年度及び同四〇年度における解撤船の権利の売買並びに同権利売買の斡旋による所得につき調査したが、被控訴人は右権利の売買及び売買の斡旋をしたことは認めたものの、「権利売買及び売買の斡旋をした解撤船名は記憶がない。」「売買等取引の件数及び取扱いトン数等は船舶登記を調べればわかるであろう。」「売買については契約書等は全く作成せず、領収証等も作成せず、関係書類は全くなく、売却先も全くわからない。」「売買価額も以前のことで記憶していない」等答えるのみで、その取引の総額、収入額、所得額等が算定できるような具体的な事実については全く明らかにしなかつた。

そして、控訴人の調査によつても、さきに認定の如き各年度の取引の件数、取扱いトン数以外には、具体的に各取引によつて被控訴人が得た所得を算定すべき的確な資料が得られず、その所得の実額を把握することができなかつた。

(三)  そこで、控訴人は、昭和四〇年八月に設立され、被控訴人が代表取締役をしていた前記玉神汽船の昭和四〇年分の法人税確定申告書の附属書類に記載されていた解撤船の権利売買による所得及び解撤船権利売買の斡旋による所得計算が、個人と法人との差こそあれ、被控訴人個人の所得算定につき最も近似するものと考え、玉神汽船の右確定申告に記載された売買利益及び斡旋料収入から、同申告にかかる経費をそのまま控除した率にしたがつて、被控訴人の本件所得を認定するという推計方法により、本件所得を算定したこと、

(四)  すなわち前記玉神汽船の法人税確定申告の際に提出された資料〈証拠〉によると、その解撤船の権利売却益はトン当り平均三九六〇円、その経費はトン当り平均一〇三八円であつて、右売却益から経費を控除したトン当りの平均純利益は二九二二円であることが認められたので、控訴人は被控訴人がなした前記の昭和三九年度及び同四〇年度における解撤船の権利売買の取扱いトン数を乗じて、同三九年度の所得(売買取扱いトン数257.46トン)を七五万二二九八円、同四〇年度の権利売買による所得(売買取扱いトン数1090.77トン)三一八万七二二九円と各算定し、また、解撤船の権利売買の斡旋による所得については、被控訴人が玉神汽船の所得申告の際に申請していた経費を控除した後の純利益トン当り七五〇円を基準として、これに取扱いトン数(866.46トン)を乗じて昭和四〇年度の右の所得を六四万九八四五円と算定したものであること、

が各認められる。

以上認定の事実を総合して考えるとき、前記のような事情から、控訴人の調査によるも、被控訴人の本件解撤船の権利の売買及び同斡旋による所得の実額を認めることのできる客観的資料がなく、これを把握することが極めて困難であつたのであるから、本件において控訴人が被控訴人の本件所得を、それが最も類似すると考えられる被控訴人が設立してその代表取締役となつた玉神汽船の法人税の昭和四〇年分の確定申告における所得の算定に準拠して、トン当りの売買益及び経費等の申告値の平均値を求めて、これに被控訴人の敢扱トン数を乗じて本件所得額を推計するという方法をとつたことは、真にやむを得ないことであり、その推計方法にも不合理なところはないので控訴人が右推計方法により、昭和三九年度分の本件所得を七五万二二九八円、同四〇年度分の同所得を三八三万七〇七四円と認定したことは相当であつて、右認定方法をもつて違法ということはできない。そして、右所得の算定においては前述のように必要経費は控除されているのであるから、控訴人が本件所得の算定につき必要経費を控除していないとの被控訴人の主張も理由がない。

4  本件更正処分の除斥期間について、

(一)  本件更正処分が、昭和四四年一二月二五日付でなされたことは、当事者間に争いがない。

そうすると、本件更正処分は、昭和三九年分については法定申告期限から四年九か月、同四〇年分については同三年九か月を経過してされたものであることが明らかであるところ、被控訴人は本件更正処分は国税通則法第七〇条一項の三年を経過した後になされたものであるから違法である旨主張し、控訴人は、本件は同条二項四号の「偽りその他不正の行為により税額を免れた」場合に該当するので、その除斥期間は五年である旨主張するので判断する。

同法第七〇条二項四号にいう「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行つていることをいうのであつて、単なる不申告行為はこれに含まれないものである。そして右の偽計その他工作を伴う不正行為を行うとは、名義の仮装、二重帳簿を作成する等して、法定の申告期限内に申告せず、税務署員の調査上の質問に対し虚偽の陳述をしたり、申告期限後に作出した虚偽の事実を呈示したりして、正当に納付すべき税額を過少にして、その差額を免れたことは勿論納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為、いわゆる過少申告行為も、それ自体単なる不申告の不作為にとどまるものではなく、偽りの工作的不正行為といえるから、右にいう「偽りその他不正の行為」に該当するものと解すべきである。

(二) 本件についてこれをみると、被控訴人は、昭和三九年度及び昭和四〇年度において、さきに認定した如く白洋汽船東光汽船並びに日光汽船等三個所から給与の支払を受けていたものである(更に同三九年度においては他に船舶修繕斡旋手数料の雑所得八万三一四〇円があつた)から、それだけでも所得税法第一二一条及び旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法)第二六条一項但し書に該当しないため、当然に右各年度の所得税の確定申告をすべき義務があつたところ、被控訴人が昭和三九年分、及び同四〇年分の所得税確定申告(昭和三九年分については昭和四〇年四月一七日に修正申告がなされている)に際し、本件事業所得を全部秘匿してこれを申告せず、同各年度において前記の給与所得及び雑所得のみしかなかつたものとして、同所得のみを記載し、それに基づく税額を算定した確定申告書を控訴人に提出したものであることは、前記認定のとおりである。

そして、〈証拠〉によると、被控訴人は当初昭和三九年分の所得税につき、前記白洋汽船及び東光汽船から給与所得のみしか確定申告をしていなかつたため、同四〇年四月頃、若松税務署員から前記の雑所得及び日光汽船からの給与所得等の脱漏のあることを指摘され、その修正申告をすることを指導されて、同月一七日右三九年分の所得税の修正申告をなしたものであること、また、被控訴人は、当時株式会社の取締役等をしており、昭和四〇年八月には、玉神汽船株式会社を新設してその代表取締役になるなど、経済人として相当の社会的活動をしていたものであることが認められる。

これらの事実並びにさきに認定した諸事情を総合して考えるとき、被控訴人は所得税については、いわゆる申告納税の制度が採られていること、及び所得税の確定申告においては、その所得の種類、並びに、すべての所得を申告しそれより算出された正当な所得税額を納付すべきものであることを十分知つていたと思われるのに、被控訴人が本件昭和三九年分、同四〇年分の所得税の確定申告並びに修正申告に際し、前記の如く給与所得及び雑所得のみを記載した内容虚偽の確定申告書を提出し、本件所得をことさらに秘匿してこれを申告しなかつたことは、単なる所得計算の違算や忘失というものではなく、被控訴人が正当な税額の納付を回避する意図のもとになした過少申告行為と認めるのが相当であり、そして、右過少申告により所得税を過少にして、その不足額を納付しなかつたことは、国税通則法第七〇条二項四号の「偽りその他不正の行為により税額を免れた」ことに該当するというべきである。

そうすると、本件更正処分の除斥期間は同項により五年ということができるので、右期間内になした本件更正処分は適法であつて、被控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

5  本件重加算税賦課決定処分の適否について、

被控訴人は、控訴人が本件重加算税の賦課決定をしたのは、国税通則法第六八条一項に違反しなされた違法なものである旨主張する。

しかし、被控訴人が、申告納税方式を採る所得税に関し、昭和三九年分及び同四〇年分の確定申告に際し、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にして、その不足税額を免れる偽りの不正行為、いわゆる過少申告をなしたものであることは、前記4において認定したとおりであるところ、右は、国税通則上第六八条一項の、国税である所得税の税額計算の基礎となる所得の存在を一部隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づき、納税申告書を提出したことに該当するものというべきであるから、控訴人が同条一項に基づき本件更正決定をなすとともに、本件重加算税の賦課決定をなしたことは適法であつて、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

6  しかして、以上認定の諸事実を基礎とする被控訴人の昭和三九年分及び同四〇年分の各正当な所得及びこれに対する所得税額が、原判決添付の別紙(一)及び(二)の各表の更正後の額欄記載のとおりとなり、かつ、国税通則法第六八条一項の重加算税の額が、同各表の重加算税額欄記載のとおりとなることは計算上明らかである。

三そうすると、控訴人がなした本件各更正処分及び重加算税賦課決定処分はいずれも正当であつて、被控訴人の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべきである。

よつて、右判断と結論を異にする原判決は失当であるのでこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 原政俊 松尾俊一)

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